蛇の目。
人から向けられる感情に、敏感でなくてはならない。
そう気付かされたのは高校2年の秋頃。
ちょっぴりほろ苦い思い出である。
当時は漫画研究部に所属していた。
他にも農業研究部や剣道部を兼任していたが、メインは漫研で部長も務めながら30人ほどの部員を束ねていた。
その時に使っていた部室は同じ文化部という事で演劇部と兼用。
お互い干渉せず、必要なものだけ部室に置き活動はまた別の教室を使用して日々を過ごしていた。
演劇部に所属しているメンバーに同学年の友人が数名いたため、稀に部活中にも話をする事があった。
特に仲良くしていた田中(仮名)という男子がいて、そいつとはよくお互い好きなアニメや洋楽の話などをしていた。
そんな田中に文化祭で、割とガチめな女装をしたいと相談をされる。
当時私はコスプレというアニメや漫画のキャラクターに扮装する活動をしていたため、若干のノウハウがあり快く快諾。
ここでひとつ疑問がある。
高校の演劇部とは限られた予算の中で、衣装や照明、演出まで自分達でコーディネートする事が多い。もちろんメイクもだ。
さらに当時の演劇部の部長は個性的なメイクで原宿の雑誌に載った事もあったり、結構な有名人だった。
なぜ彼女に頼まないのか?
と聞いてみたところ、「彼女のメイクは個性的過ぎる。自分はもっとナチュラルでガチな女になりたい」とのこと。
おもしろい。そういうの嫌いじゃない。
田中の他にも文化祭の当日数名の友人に化粧を施す約束をしていた事もあり、ナチュラル系のメイクなら任せろと一緒にカラコンやウィッグを選んだ。
文化祭当日、朝早くからから2人で部室に集まり準備を始めた。
田中は元々顔立ちが整っており、所謂イケメンというやつだった。
透き通る様な白い肌に、切長の一重。まつ毛は長く、鼻筋が通っており薄い唇は上品な薄桃色。
その特性を生かすため、目元と口元のみ強調するメイクを施しウィッグを被せる。正直うっとりするほど美しく、175㎝ほどの身長がある彼はモデルの様な出立ちだった。
女子の制服を着せ、そのまま互いのクラスのHRへ向かう。
その後は体育館にて文化祭の開会式があり、部活や友人同士固まって良い事になっていたので各々自由に過ごしていたら、演劇部で固まっていた田中に声をかけられる。
HRでも好評だった事などを告げられ、こちらとしても嬉しくなり、笑顔で話を聞きながら田中のメイクや髪型を直していたら何か視線を感じた。
また、ここであることに気づく。
その場にいる私と田中以外笑ってないのだ。
なんだろうと後ろを振り返ると、演劇部の部長がものすごい形相でこちらを睨んでいたのである。
その日の彼女のメイクはいつも以上に力が入っており、キャッツアイを意識した囲み目メイクで目元にトランプのマークが描かれている。
ぱっつん前髪の隙間から向けられる眼光は、威嚇する蛇のようで、あまりの気迫にビビり倒してしまい、漫研のみんなを待たせているからとすぐにその場を後にした。
人にそんな顔を向けられたのは初めてだったので、漫研のメンバーにとても恐ろしい思いをしたと話してみると、どうやら演劇部の部長は田中に片想いをしているらしかった。
漫研で知らないのは私だけというくらい有名で、みんなが口を揃えて気付いていると思っていたと言われた。さらに以前から私と田中の距離が近いと周囲に漏らしていたと聞かされ、なんて事をしてしまったんだと歯を食いしばる。
人の恋路を邪魔するつもりなんて毛頭ないのに、敵認定されてしまった。
文化祭は大いに楽しんだが、それ以来なんだか田中との仲は気まずくなり、どんどん疎遠になってしまう。
そして卒業間近になり、漫研のメンバーと部室の掃除をしながら話していたところ、そういえば結局あの2人はカップルになったのか?と聞いてみる。
みんなが言うには演劇部の部長がアタックし、玉砕したらしい。
なんで知っているんだ...
そして、玉砕してしまったのか...
恋というものは、本人達にも大きなイベントだが結構周りを巻き込んでいる事が多い。
高校生ともなると周囲に与える影響も大きいだろう。
私がそういった空気を察知して、演劇部の部長から与えられるプレッシャーにもっと早く気付いていれば、今も田中とは趣味を共有する友人であったかもしれない。
当時の環境の中敵意や好意、人から向けられる感情ひとつひとつにもっと敏感であればよかったと、過ぎた青春の1ページを苦虫を噛み潰した気持ちでやりすごすのであった。