ふくろうでいきたい

ゆるくゆるく。からだもこころも。

失って、得たもの。

何事にも執着せずに生きていきたい。

そう考えられるようになったのはつい最近だ。

それまで私は与えられる事が当たり前であると考える、傲慢でつまらない人間だったように思う。



「アダルトチルドレン」をご存知だろうか。

幼少期に親と何かしらの確執がありトラウマを抱えている成人のことを言うらしい。私はこの言葉を最近知り、ネットの知識だけで判断しているが、自分は「これ」に該当すると思う。


小さい頃から親に否定される事がとても多く、学校で表彰されて親に報告しても「だから何?私の子供の頃の方がすごかった。」とよく言われた。

この事に対して「そういうものか」と思ってしまった私はある程度では親に報告しない人間になってしまう。

そんなある日、同じ月に全校生徒の前で絵と水泳大会の成績で2度賞状を受け取るシーンがあり、それを見ていた後輩(親同士の職場が同じ)が親に話したらしく、親から親へ話が行き私の母の耳に届いた。

直接報告していなかった母は寝耳に水の状態が気に入らなかったらしく、私が家に帰った途端怒鳴り散らした。賞状を貰う事は大した事ではないと刷り込まれていた私には理解ができずただ俯くことしかできなかった。


母は躾の延長で手が出ることも度々あったので常に顔色を伺わねばならず、必然的に家事を手伝ったり親の近くにいる事が多かった。

自分から関わる必要はなかったように思えるが、たまに言われる「お前だけが家のことをよく手伝ってくれる」という言葉に快感を得て異常に執着していたのだ。

私はそれを言われるとどうしようもなく必要とされる、自分には価値がある、と思い込んでしまっていたのである。


中学で学びたいものが確立していた私は、小中の友人が1人もいない高校を選んだ。家から通うにはそこしかなかったのだ。

0からの友人作りや、アルバイト、単位制の高校の為先輩や後輩と関わる場が多く持てるようになり、驚くほど人に対して知見が広がったのだがそこで初めて自分がいかに惨めか思い知らされた。

普通の親子は幼い子供が賞状を貰えば親は手放しで喜び、躾で暴力を振るうことはなく、顔色を窺わずとも楽しく日々生活しているのだ。

もちろんそんな家族ばかりでない事にも気づいた。でも、私は後者に生まれた人間だということを思い知らされたのである。


どうして自分ばかり。と塞ぎ込んでつまらない意地を張るようになったのはこの頃。

母を無視して半年ほど会話がなかった事もある。そんな私を可愛く思うわけなどなく親子の仲は悪くなっていった。

そんな私が家にいて幸せを感じる事ができるのは2人の姉と過ごす時だけだった。


だが私が19歳の時事件が起こる。

姉2人が喧嘩したのだ。女同士の喧嘩といえば可愛らしいものを想像するかもしれないが、次女が長女に対して一方的に暴力を振るい顔の形が変わり血尿が出るまで殴り続けたのだ。


私は止めに入ったが、体の震えが止まらず殴り続けようとする次女をうまくコントロールすることは出来なかった。


長女は典型的な優等生で成績も良く仕事も若くから地位を確立させるなど、すごい人だった。対して次女は昔から自由人で当時フリーターという事もあり家にいる事が多かった。

2人の間に何があったのか今でもわからないが、大きな溝ができたのは確かだった。


両親は長女が悪いと一方的に決めつけ、次女が納得するまで謝り続けろと怒り散らした。

かなり精神的に不安定だった次女を安心させたかったのだろう。

それに、事情があり幼少期から度々離れて暮らしていた長女をあまり好いていなかったように私はよく感じていた。

そんな状況に納得のいかなかった私と長女は両親と次女に反発し、家は地獄のような状態になった。


月日は流れ長女は結婚し実家を出て行き、私も社会人になって家を出た。

母親に1人暮らしはやめてほしいと言われていたので当時のパートナーに一緒に住んでもらい私たちは自立した。


だが私はさらに色々な壁にぶち当たる。お互いの精神が未熟な状態で始めてしまった同居生活は幸せであったはずなのに相手に依存し、執着するものに形を変えてしまう。

共依存に陥り、これ以上この人といても幸せにはならないだろうなというラインを超えてしまった。


依存とは求め続けてしまうのが厄介で、しかも欲しいものの為に何でも差し出してしまう。

何かきっかけがなければ、自分がその状態である事になかなか気づかない。


家族と離れ、仕事も充実し、自分に自信が持てるようになった時、私はこれだけは失いたくないと思っていたものを手放す事にしたのだ。



1人になってよく考える。

自分とはどんな人間か。

人に求めてばかりの卑しい人間なのだろうか。


アダルトチルドレンを知った事が自分と向き合うきっかけになったように思う。

今まで当たり前のように色んな人から貰ってきたものにどれほどの価値があったか。

両親とは連絡をとっているし、長女とも仲良くやっている。が、次女とは絶縁状態だ。正月も実家へ帰れない。

ラブソングの歌詞でよく失って初めて気づくと書かれているがその通りだ。

肌寒い冬の夜、3人並んで実家のリビングで映画を見たあの幸せをもう1度噛み締めることはできない。


でも、私には私がいる。

自分の機嫌は自分で取れるし、体を労る事も、褒美を与える事もできる。

誰も要らないという訳ではなくて、誰かいなければいけないという執着が要らないのだ。

物も必要最低限あればいいし、人との縁も無理して留めることはない。

自分で考えて行動するのがどれほど楽しいか、余裕と自信を得た今の私を前の自分よりちょっとだけ好きだ。

たくさんの困難を乗り越えて、くだらない境地に上り詰めた私はスーパーで買ったみかんの皮を剥いてひとつずつバラさず丸ごと頬張るという贅沢を味わいながら、これからの人生は不苦労で生きたいと目を細め、溢れる果汁にちょっとむせた。

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